宇宙と野菜に愛と感謝を込めて

時芽輝農場の農薬と肥料を使わない田畑で育つ野菜達との楽し~い交流をありのままに伝えます。

農遊び情報

野菜販売について
松阪大石町「やまねこ亭」 松坂市松ヶ崎駅近く雑穀菜食レストラン「はなうた」 飯南町の天然酵母パン「木琴堂」にて販売中。

1月3日11時より
柳屋奉善にて
毎年恒例ふくしまいせしまチャリティー餅つきをします。
売上は全て福島の子どもたちの保養ステイと野菜支援に使います。
ぜひご参加ください。

1月8日(日)10時より
美杉むらのわ市
1月29日(日)11〜15時
はなうたマーケット
11時より昔ながらの灰汁によるコンニャク作りワークショップ
13時よりホツマツタエのヲシテ文字の謎に迫る
     アワ唄で元気になる        講師 富山喜子

2月25日(土)11〜16時
京都境町画廊にて
「たねの日」第3弾

2月26日(日)10〜15時
やまねこマーケット
コンニャク作りワークショップと絵本の読み聞かせ

2月27日(月)
<自分の呼吸だけでカラダと心と魂を覚醒させるワークショップ>
このワークでは、とある呼吸を長時間連続して行うことで普段使っていない肺を活性化させ、肉体的にも精神的にも覚醒作用を及ぼしていきます。
ご興味のある方は伊東までお問い合わせください。件名「呼吸法」としてお送りください。
omusubiya.yuiyawasu@gmail.com
2/27の呼吸法は満員御礼となりました。次回は6月以降の開催となります。
ご興味のある方は、伊東までお問い合わせください。
omusubiya.yuiyawasu@gmail.com

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田んぼメッセージ  

オラは農作業をしているときは宇宙と繋がっている。
時間と空間を超越している。
普段から携帯電話どころか時計すら持っていない。
なのにきっちりのタイミングで日々暮らしている。
そんなオラに稲刈りをしている時にさまざまなメッセージか下りてきた。
「手を抜きたいなら本気で観ろ。
楽をしたいなら本気で生きろ。」
無農薬無肥料直播き田んぼは一見とても楽そうに思える。
しかし、普通の人はやらない。
人間はいつも失敗しないように閃きや思いつきを無視して生きている。
手を抜くのは悪いことだと思っているが、
現代は無駄な手を入れ過ぎている。
その無駄な手を抜くと体も心もゆったりと出来て、自然にも負荷を与えない。
そのためには自然をじっくりと観なければならない。
自然界はどのような循環が常に起きているかを知らなければならない。
いつも全力で真剣に向かい合う。
それは奇跡と共に生きることである。
「誰かがやるべきことは、自分からやれ」
それぞれの人にこの世に生まれてきた役割があるのかないのかよく分からないが、
いまやるべきことだけは分かる。
それは先の全く見えない無茶苦茶にイバラの道かもしれない。
でも、誰かがやらないといけないことは分かる。
その誰かが現れるのを待つのではなくて、ひらめいた自分から始めればいい。
オラは後先考えずに思いついたままに即行動してしまうので、周りからは常に宇宙人である。
きっと自分の伺い知れないところで多大な迷惑をかけているかもしれない。
それでも、ワクワクすることはやらずにいられないのだ。
生まれてきた理由などどうでもいい、みんなワクワク精いっぱい仲良く遊んでこの世を天国にすれば楽しいではないか。
楽しいことをひたすらやっていれば、人は自然と集まってきて、恐怖や不安など過去の遺産となるだろう。
「愛することは手放すこと」
対義語だと思われがちだが実はこれが真理なのだ。
今の人の愛は執着と表裏。
愛していることは相手を自分だけのものにすることだと勘違いしている。
本来は相手をあるがままに生きることを認めることなのだ。
それは自らも固執の愛から解放されることを意味するのだ。
いま、一緒に居る人とエネルギーを大いに共有すればいい。
出会う人出会う人に同じように接すればいい。
相手をより美しく輝かせて、その人の能力を引く出し高めてゆくことが愛ではないでしょうか?
愛は求めるのもでも、与えようとするものでもない。
ただ、在るものである。
言葉はなくてもお互いの波動が共鳴することですべてを知り、ひとつになれる。
本当に愛しているときは「愛している」とは思ってはいない。
もう、そこには自分はいなくて(思考停止、分離消滅)純粋な意識のみである。
それは、あまりにも気持ちよい一体感だ。
「考えるな、感じろ!」
これはいろんな人がよく口にしている。
情報が氾濫して、知識だけは充分に蓄えている現代人。
しかしそれな体感のない知識だ。
誰かが調べたこと、感じたことの受け売りにしか過ぎない。
そんなもん、クソの役にも立たない。
知ったつもり、持ったつもり、やったつもり。
つもり人間の大増産の現代教育制度。
薪でご飯を炊けないばかりではなく、薪割りも出来ない、火もおこせない。
ガスがあっても鍋でご飯が炊けない。
食べれる野草、木の実、キノコも知らない。
旬の野菜もタネをいつ蒔いたらいいのかも分からない。
もちろん、たねとりなんか自分で出来ることすら知らない。
よく生きていけるもんだ。
公園や野山に出て、虫や草、大地に触れてみよう。
木の実を拾ったり、山菜を摘んだり、魚を掴んだりしてみよう。
子供たちは大喜びするよ。
「危険だ、汚い」と親は注意ばかりしないで、一緒に感じてみよう。
自然はとても美しい、人間に害を及ぼす菌やカビは家の中の方が多い。
浄化を担う菌や微細物を駆逐する石鹸や洗剤を使いすぎるからだ。
オラ家は菌で掃除も洗濯も歯磨きもしている。
菌は自分の家のあるもので簡単に培養できる。
菌で家も肌もバリア!
話はずれたけれど、何でも自分の肌で感じて感動しまくることが
この星の豊かさに気付いて大切にしようとする心が芽生えてくる。
そして、地球の汚れは自分の汚れなのだと知ることが出来るだろう。
気にしようとも気にしなくても、自分がやったことの受け取り先は自分自身なのだ。
どんどん「ありがとう」をお返しして、優しくゆったりと生きましょう。
「幻を追い求めるな」
思考、エゴ、欲が作り出した世界に我々は住んでいる。
必死に何かを追い求めているが、
何を得たいのだろうか?
そして何かに追われるように必死に働いているが、
なに追われているのだろうか?
全部幻想で偽物です。
辛さ、苦悩や苦行からの一時の開放感という幻の快感に満足していてはもったいなくないですか?
私は誰か?という根本の問いかけを忘れてはいけません。
楽にゆったりと生きたいでしょ。
それならば自分が生きていると思う心を放ってしまえばいい。
私たちは命。
始まりも終わりもない無限の命。
私たちは誰でもないし、すべてである。
矛盾しているように感じるでしょ。
それでいいのです。
オラなんか言っていることが毎日毎秒覆ります。
変わらないことは常に変化すること。
全部幻だからって邪険に生きればいいというわけでは在りません。
1分1秒がどれだけ貴重な奇跡の時間かを知ることなのです。
日々をコツコツ丁寧に生きて、この世のすべてである自分として生きることです。
周りのすべてが自分であり、自分が作り出したものだと思えば自然とやるべきことが分かり生き方が変わることでしょう。
自分をどんどん愛して美しく輝きまくればいい。
何も遠慮することはない。
そうすれば世界平和や地球蘇生などあっという間である。
ほんの一瞬。
すべては自分から始まり生み出される。
あ〜今日もいい天気。
幸せですね。
ありがとうございます。
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category: 命と向き合う

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